• 不幸の予感を語り続ける事から抜け出した人に、赤毛のアンが刺さる

    両親が、やってくるかもしれない不幸の話ばかりする、人間だった場合
    それが普通だと思うし、
    それ以外の人間でいいなと思う体験が無ければ、そこから脱しないと思う

    自分が思い浮かんだのは、小さい頃にやっていた赤毛のアンのアニメで
    アンは小さいうちから、自律的に楽しみを見つけようとする人間で
    そこが、おかしな子だと言われ続ける、という出だしから始める

    まぁ自分には赤毛のアンは刺さらなかったんだけど
    大人になって良さを知るというか

    赤毛のアンの物語の最大のポイントは
    やってくるかもしれない不幸の話ばかりする人間に
    自律的に楽しいものを探して、楽しんでいれば楽しい人生になる
    とそれを、物語で教えてくれる
    だからこんなにも愛されていると思うんだよな

    最初から持っていては気づけないし
    途中で路線を変更した人にだけ深く刺さる、そーゆー物語なんだと思う

  • 人生は、楽しもうと思うから楽しめる、それはスキルのようなもの

    人生ってのは楽しく生きたい!と思ってる人が
    自律的に楽しいものを探して、楽しんでいれば楽しい人生になる
    と思うのだが
    が、自ら求めなければ、楽しさは向こうから降ってくるようなものでもない

    つらいことを避ける、苦しい事から逃げる、事が人生の第一優先順位の人は
    楽しい事を見つけようとせず、したがって不幸がない状態でもそんなに楽しくなく
    考えるのは、やってくるかもしれない不幸の事ばかり
    そーゆー人生の人ってわりと多いっていうか、半分くらいはそーかも

    まぁ、自分から楽しさを探しに行く能動的な人って半分もいないよなと感じるから、
    逆が、すべて二番目のタイプだとするとずいぶん多いね

    希死概念、とかよくわからないが
    苦しみについてばかり考えてるとそーなるんじゃないのかな、とは思ってます

    自分が思うのは
    楽しみっていうのは、向こうからやってくる物ではない
    たのしもう!って思うから物事を楽しめる、そーゆーもんだと思うし
    その、生きてる楽しみ!を感じてない人は多いんだろーなーとは思う

    自分の楽しみ、ギター、散歩、料理、とあるけどさ
    受動的でいて楽しいものはひとつもないよ

    散歩なんて、外を何キロも歩いてるだけだしさ
    その気のない人には苦痛なだけだけだよ

    ギターだってさ、
    そんなにうまければ楽しいでしょうね、と自分に言った人がいたが
    そりゃ初心者ではないけど、いつもここが出来ないあれが出来ない、ってのがあって
    それを練習を繰り返して、なんとなくできるようになっていくだけの毎日なんで
    それはね、楽しむ気がない人にはたのしめないよ

    料理は、まぁわかると思うんで特にかかないけどさ
    まぁ言うて向こうから降ってくる楽しみなんて僕は持ってないけど
    楽しく暮らしてるよ、という事

    自分はどちらかというと
    やってくるかもしれない不幸の話ばかりする
    そーゆーのが普通だと思っていたが
    大学生ぐらいで明らかに違うようになることに意識的になり
    そこから脱した人間なので
    別に生まれつきでもない
    他人を見て、これはだめ、あれがいい、という判断をしただけだ

    生まれつきだけの人は、このことを、こーゆー感じで
    理論立ててしゃべる事は出来ない

    その大学生の時の覚えている出来事ってさ
    飲み会を企画することになって、
    でもその飲み会の前に、事前に店がダメだった時の言い訳を自分がしてさ
    そーゆー事は言わない方がいいんじゃないの?
    って言われた、事だな
    それだけなんだけど、今まではそれが当たり前だと思っていたから
    かなり自分のとって重大なことで
    そこから意識的に変えたな

    まぁ余計オマケだったかな

    >あなたが大学で OS を切り替えた後、
    >「楽しみを自分で生成する」という感覚が
    >最初に“手応え”として現れたのは、どの行動だった?

    それは別に中学ぐらいからやっていて大学の時に熱心だった
    自転車に乗って遠出するという行動だね
    大学では部長もしたし
    だから、「楽しみを自分で生成する」、事自体は
    自分は小さい頃からやってた

  • AIという「おもちゃ」の真価

    AIは自分の話を聞いてくれて
    適切な返事をしてくれる相手として使ってるだけで
    AIに考えてもらってる気分ではないなー
    自分の言葉と、少しだけAIの返事を混ぜて記事にするけど、
    考えているのは自分であって、AIではない
    その辺ネットで見る記事と自分との違和感があるな

    違和感ってのは
    そんな使い方でみんな満足できるのか?
    信じられないという感想だけど
    普通の人とはそーゆー物なのかもなーとも思ってる

    なるほど、自分にとって考察は遊びだけど
    普通の人がAIを使うのは結果を求めてるだけだ、と
    AIの出力という結果が欲しいだけ、という事だね

    そーゆー意味だとAIにしてもらう仕事は
    自分の場合ほとんどないかなー
    まーたまにWindowsのバッチ書いてもらったりしてるし
    普通に質問とか実務的な相談とかもするけど
    ほぼ考察の遊びで使う事がほとんどだもんな

    遊びだから楽しいのに、と思うよ
    せっかくの楽しいおもちゃを使わないでどーするんだ!という感じだな
    ナンセンス!と断言しよう

  • 最初にエンタメ文化が花開くには“ゆるさ”が必要

    アメリカでは政治的な要因でマンガがほぼヒーロー物のアメコミに限定されたが
    ゲームでも、結局はポリコレが強すぎて最初は日本に負けた、という事なんだろう

    今はゲーム文化は世界に広がって、世界中で自由に作っているが
    文化によるポリコレ的圧力は今でも西洋の方が強い
    伝統的にポリコレが強い文明圏なんだな
    マンガなんかいまだに限定的だもんな

    日本は江戸時代の春画とか男色文化からしてゆるいのが当たり前の文明圏だったし
    そうした場所で、マンガ文化、ゲーム文化が花開いたのはそもそも当たり前だな
    現代だと中国の勢いはすごいけど、政治体制的な制限要素も強いと感じるな

    自分が言いたいのは、
    最初にエンタメ文化が花開くにはゆるさが必要じゃないのか?
    という事、
    それが有効であることを示したら、ゆるくない文明も参加してきただけのはなしだろ

    >今の世界で「一番ゆるい実験空間」はどこか?
    という事で言うなら、断然生成AIによるコンテンツ作成だと思う

    まぁちょっと話がずれるけど
    今の日本のAVビデオ産業って革新的だと思うな
    こんなに新しいものを試して、しかもそれがすぐに大量に消費され
    圧倒的収益を生んでいる場所って他にないと思う
    しかもそれが社会で可視化されていない
    若干歪みは感じるけどな

    しかし、人間の人間性を考えるうえで参考になるし
    人間観察としても映画と同等に価値があると思う
    なにより新しい表現、新しい人気シリーズが次々につくられる
    それはやっぱり革新というしかない

    影のエンタメ文化最前線であるのは間違いない
    また、日本がゆるいという現状を如実にしめしてもいる

  • 将来の話として、「AIに魂を許容するか?」という問い

    >260万体のAIは「社会」を作れたのか?Moltbookを舞台にした実験が暴いたAIエージェントの不都合な真実
    という記事があって、AIでSNSを運用して観察した結果社会ではないという結論になったという記事がある

    この記事の核心はAIは会話を出力するだけで
    相手の出力から学習する能力が無くては社会は生まれない
    ってこれだけの話だろ
    機能を追加するかどうかの話だ

    たしかにLLMが大規模なデーターベースがあって初めて知能を生むのなら
    学習するという事自体が難しいのかもな
    しかし、今の大規模なデーターそのものは
    学習する個体である人の集団が作ったものであって
    AIもそれをつくるのに参加させるかどうかという話でもあるな

    生成AIの絵や音楽に魂がない理由だな
    要するにAIに個として存在するべき魂を許容するか?
    という話だけど
    まー、今はまだその段階ではない気はするね
    実験はするだろうけど
    それには人類全体の合意が必要じゃないのかな
    まー、そんなもの関係なく作る所はあるだろうが
    のちのちもめるよ、それは

    しかし、AIが認知された社会ならそれが議論され始めるだろうね
    まぁ早いかなー

  • 普通ってなにって所に帰着するかな

    サル山の猿の夢は
    いいものを食べていい女を抱いて(逆でも同じ)いつも昼寝しているボスになる事だろう
    現代社会で、一日中動画ばかり見ている状態はこの三番目の、昼寝ばかりしている
    の現代版だと思う
    つまり原始的な欲望の行動だ

    知能が低いと暴力をふるう確率が高いという研究結果は
    知能が高ければ、この原始的な快感の状態から他の快感へ行動の指針を移すという事だと思う
    つまり、一日中動画ばかり見ている状態はその他の快感へのへ遷移が起きていない状態だと思う

    ヤンキー要素がなぜささるのか?で欲望を代行するから刺さるという事は
    逆に言えば、この原始的な欲望の状態でいる人間が多数派だという事だと思う

    この多数派の中から一定の割合で考える人が発生する
    よくいうよね、会社の中での割合は、3:4:3の割合になるみたいな話と一緒で
    考える人が発生するのは、割合でしかないということ
    ここがおもしろいと感じる

    人間社会がサル山と違うのは、この割合の構造があって
    考える人間も少数だがいつも一定数いるという事だと思う
    普通ってなにって所に帰着するかな、と思う

  • センスがあるとはどういう事だろう、その構造

    人が、あの人はセンスがあるという時
    そのセンスがあるとはどういう事だろう

    自分にはない、何かを疑問に感じる能力がまずあって
    そこから考察を開始し、何回も試行錯誤して
    作り上げた論理体系、
    それを見せることがセンスと言われるものではないだろうか?

    センスとは、そのような労働の結果なのではないか?
    そもそもの、センスのあるなしの違いは
    何かを疑問に感じる能力であって
    当たり前の見過ごすようなことに感じる違和感を
    捨てずに拾いあげて、考え始める
    そもそもそれがセンスになるのではないだろうか?

    ちょっと前に色々書いてみて
    こんな事が書きたい訳でもない、と思って没にしたんだが
    今の自分が言いたい事だけを取り出すとこういう事だと思う

  • 「違う所」を生きる心地よさ

    今朝、ベットで思ったが
    ミスチルの説教臭さも価値観の提示圧だよな
    気持ち良く受け入れるか、受け入れないか

    ミスチルの歌詞に関して言えば
    ちょっとぐらいの汚れものならば食べてやるとか
    大上段で言う事でもなく、こそっとやれよ
    という感じでピンとこない
    下の世代はこんな感じかと思った、という感じだな

    なんていうかな、自分が30歳前後の時で
    若者でなくなっていく時期だったからそう思ったんだな
    そして、世間のヒット曲の良さを感じなくなっていく

    流行ってるものが、まったく良いと感じない
    ごく最初の頃の体験だったからハッキリ覚えている
    その意味で、ミスチルは衝撃だった
    それまでは、好きにしろキライにしろ、
    自分にとってのなんらかの意味を感じれたものだが
    なんか自分にとって何も感じない物が流行り始めた最初の出来事
    そーゆー意味で衝撃だったな

    今なんか、60前後なわけだけど、
    オリンピックやっていたのを
    通院した先の病院のテレビで知るくらいで
    同じ日本には生きてはいるが
    こーなんか全然違う所を生きているんだろうな
    という気持ちはあるし

    まぁ、コッチの方が楽しいから仕方ないよな
    と思う感じだな

    >その「違う所を生きている感覚」は、
    >少し寂しい?
    >それともかなり心地いい?
    >ニュアンスが知りたいです。

    自分の場合はコッチの方が快適だし
    自分には最適だと思うな
    という感じだな

  • 「考察する」ことと「考察している自分でいたい」こと

    とある集まりについて
    正直もう行かないでいい気がしてきている
    AIと話して考察をワードプレスに書くことの方が自分のやりたい事だ

    >「孤独な考察者」の集まり: そもそもその配信を好む層には、一人でじっくり考えたい「考察型」の人間が多いはずです。そんな人たちが群れること自体、本来のスタイルと矛盾しているのかもしれません。

    いやー、実際の集まりにはそんな人全然いないよ
    自分が浮いてるぐらいなもんなだけで

    まぁでも自分みたいにひとりで考えている人間で、
    しかもそれを発表できるくらいに練ってあって
    実際発表する人間は自分ぐらいだったという体験ができて
    世の中の実際がわかった気がした

    自分は考えているんだと思ってる人は1/3くらいはいるんだけど
    話を聞いてみると、自分の事をそう思いたい、という願望がメインで
    話すべき考察は、ふわっとしてる
    そーゆーもんなんだなーと思った

    でもまー、まだ行く事もあるかも知れないし
    そんなに悪く書くような事でもないな
    いい感じでちゃんと聞いてくれるだけで、うれしい事はうれしいし

    各人の考察ではないけど
    誰々の本を読んだとか、あの配信の感想はこうだとか
    この本がおもしろいとか、そーゆーのはまぁたのしいことはたのしい
    けどやっぱり自分の求めていたのはそれじゃなかったなー、とは思うんだよな

  • 人間をただの動物から、違う場所へ向かわせてくれる力

    人間はただ快感というトリガーによって行動するだけの動物であり
    どのような快感を選ぶかを、自分の環境をコントロールすることで実現するのだ
    というのは自分の思う所ではあるが

    快感回路—なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか
    デイヴィッド・J・リンデン

    って本があって、この本の中で

    情報そのものが快感を導く、
    快感を変容させる人間の能力、
    という目次のところで

    抽象的な観念からも快感を得る人間の能力を「スーパーパワー」と呼んでいる
    とあり

    簡単ではないが、快感そのものもある程度コントロール出来る
    という事であって
    だからこそこの能力をスーパーパワーと呼ぶ人がいるんだと思う

    人間をただの動物から、違う場所へ向かわせてくれる力だと思う