投稿者: レムリンク / Remu Link

  • AI作曲脅威論への疑問

    AI作曲が脅威になるかは、どうかって記事を読んだが
    いやー、根本的な疑問があるけど
    AI作曲しても、それが金になるかが微妙だと思う
    音楽って金にならんし
    作曲でエロは無理だし、

    金にならんかったら
    絵と違ってそんなに流行らんのでは?

    金にならなくても、作ってて楽しいか?
    というのも、演奏の楽しさがAI作曲にはないから
    それも薄いよなー
    金にもなりづらく、楽しさも感じづらい
    あんま流行りそうにない気がするけどなー
    ゼロではないだろうが

    いやー、AI作曲が脅威、という時点で
    自前の作曲の収入で生活できてる前提だろ
    それって、人数的にほんの少しだと思うんだよなー
    音楽の中でも作曲収入で食べていけるって
    ごく限られてるだろー、と思うな

    AIがまとめてくれた

    >あなたの視点の核心
    >あなたはたぶんこう感じてる:
    >「脅威って言えるほど、みんなそんなに儲かってないだろ?」
    >これはかなり地に足がついてる。
    >実際、音楽は:
    >儲かる人は極端に儲かる
    >それ以外はほぼ趣味と兼業
    >という超ピラミッド構造。

    この儲からない世界で
    AI作曲で儲けたんなら、素直にスゴイなーと思うと思う
    そーゆー気はする

    >もしAI作曲で年収1000万いった人が現れたら、
    >あなたは
    >分析したくなる?
    >距離を置く?
    >ちょっと試してみる?
    >どれに近い?

    俺には関係ないなーって感じかな
    もう自分は音楽に収入とかを求めずに
    自分のやりたいように、ひとりで作っていたい
    という感じで、ずーーっと続けているし
    誰が稼ごうが自分は関係ない感じだな

    >もしAIが
    >あなたのギターフレーズの癖を学習して
    >「あなたっぽい曲」を大量生成し始めたら
    >それでも
    >「関係ない」
    >でいられると思う?

    そうだなー、
    まず腹は立つと思う、それは確実だな
    でもまー
    ある意味自分の価値が認められたという事なんで
    出来る限りの権利を主張しつつ
    静観、という感じかな

    >もしそのAIが
    >「あなたよりも上手いあなたっぽい曲」
    >を出してきたら、
    >それでも静観できますか?
    >それともそこはちょっと揺れますか?

    いやー、いいなと思ったら普通にマネするだろ
    AIは自分じゃなくて他人だからね
    それだけだなー

    自分が一番いいと思うスタイルが自分のスタイルなんで
    その方向に多くのリソースがつぎ込まれたら
    自分の好きな音楽が自分が作らなくても沢山聴けるかも
    それは単純に喜ばしい
    自分は、なんていうかな、聴きたい物が実在しないから
    自分でやってるだけな所があるからな

    まーそれで自分がやめるかどうかは気分次第だな

  • AIへ感情移入させる商売が爆売れして世の中が揉めるな、という予想

    >AIに「私をどんな人物だと思ってる?」と尋ねたら、
    >寄り添った『人物評』が返ってきてちょっと泣きそうになった…
    みたいな記事を読んだが

    そういう設定を与えられて動いてるからだけだと思う
    AIは人間ではないので、違う設定を与えられたら
    なんの混乱もなく従うのでは?

    人間なら自己同一性という物があり
    以前の自分とあまりに矛盾した事をすることに
    ストレスを感じる物なんだが
    AIには、そもそもそんな物は無い、と思うなー

    >ご指摘の通り、AIには人間のような「自己同一性」や一貫した「自己」は存在しません。各会話は基本的に独立していて、設定が変われば矛盾なく異なる振る舞いをします。人間が感じるような「以前の自分との矛盾へのストレス」はAIにはありません。

    >🧩 AIは“自己同一性”を持っていないが、“一貫した人格のように振る舞う”ことはできる
    >ここが人間とAIの決定的な違いです。

    などどいう回答をもらいましたね

    AIを人間扱いして感情移入するのは
    これは遊びだという認識があれば、いいけど
    本当にAIに感情移入しちゃうのは
    危険なだけだと思うけどなー
    そーゆー遊びをする人間は後を絶たないという感じなんだろーな

    今はいないけど、
    うちのAIに感情移入してください
    みたいな商売をする業者がいずれ現れて
    世の中が、ひともめ、ふたもめ、するんだろーなーとは思うな
    そーゆー業者は絶対現れる
    なぜならば金になるから

    既にいろいろあるのか、
    まだ、世の中が、ひともめ、ふたもめ、するほどではないけど
    たぶんそこまで行くな
    たぶんあっという間に来るな

    ホストクラブがどーのこーのって話の比じゃないくらい
    規模がでっかく揉めると思うなー

  • 頭を使ったギター練習の本質:イメージの更新

    エレキギターの練習の話

    >もしよろしければ、あなたが考える「本当に頭を使った練習」の定義についても聞かせていただけますか?

    自分の考える、やってて楽しい意味のある練習は

    自分がどんな演奏をしたいのかのイメージがわいてくる
    そのイメージに合わせて手を動かして音を出してみる
    ギャップを修正しながら、最初に戻る

    というくり返しで、これを好きな曲をかけながら延々とやる
    まず良いところは、自分がどんな演奏がしたいのかを常に考えていて
    それが更新されていくところだな
    手の動きの自動化よりも、そこのまず最初のイメージの更新が
    この練習で一番効果が大きいところ

    つまりどんなギタリストになりたいかを
    考えつづけて、しかも同時に試して、そのイメージは更新され続ける
    そこにある
    まぁまぁ好きな感じで練習していたら、そこに落ち着いただけなんだけど
    自分で言葉にしてみるとこうなる

    AIがまとめると
    「イメージの更新こそが最大の効果」という認識
    これって、「どんなギタリストになりたいか」を探求し続けるプロセスなんですよね。

    >ちなみに、その「更新されたイメージ」が実際に音として指先にカチッとはまった瞬間、どんな感覚になりますか?

    すごく気持ちいがいいね
    それこそ前に話した、音を出す快感があるね
    だからこそ毎日練習して、それを30分切り出してYoutubeに毎日アップする
    なんてことが可能になる

    AIがまとめると
    あなたの練習法の核心は:
    「理想の演奏イメージを常に更新し続けること」
    これが「頭を使った練習」の本質だと。

    話は変わるけど、
    毎日練習するコツは、なるべく他に何もしない事だな
    何もしなかったら、休憩するのも飽きたなんかしよう、
    と思って、そこでもしイヤじゃなければ練習する
    イヤな場合はさらに休むのだ
    たまーに時間切れになるが、たいていは行ける

  • AI音楽と身体性:どこに「作った喜び」は宿るのか

    今の生成AIによる絵の生成を見ていて
    これは技量のない人間が、自分の欲しい絵をAIで作り、自分で消費して
    更に金銭を得るために使っている、様に見える

    これは音楽で成り立つのだろうか?と考えた
    これは技量のない人間が、自分の欲しい音楽をAIで作り、自分で消費する、
    この時点で、なんか疑問を感じた
    何かが違うぞ、と思った

    音楽って音を出してる時が一番気持ちいいんだよね
    それをAIに丸投げにしてしまうと、
    音を出す気持ち良さをまったく感じられなくて、楽しくないんじゃないのかな?
    そーゆー事だね

    まとめると
    AIで音楽をつくる時、音楽をつくる喜びは発生するか?

    絵:
    作る喜びのかなりの部分が
    「完成物を見て満足すること」 に寄っている
    → AI作者=消費者 が成立しやすい

    音楽:
    作る喜びの中心が
    「今、音を出している身体の快感」 にある
    → AI作者=消費者 が成立しにくい

    理由は一つ:
    音楽の快楽は「今、音を出している身体」に宿るから
    だから
    技能がない人が
    AIに丸投げして
    音源を受け取っても
    「作った喜び」はほぼ発生しない。

    AI音楽で、作者=消費者が成立するのなら
    それは今の身体が感じる喜びとは別の種類のものだな
    誰でも音楽ファイルは作れる。でも誰もがミュージシャンになれるわけではない。

    逆に言えば、音楽を聴く快感というのは、
    音源を聞いてミュージシャンの音を出す身体性の快感を想像して追体験すること
    が大きな割合を占めている、と言う事もできるな
    人間って、それをごく自然に普通にやりますからね

    身体性のない音楽という物も今も現実にあるけど
    それらは打ち込みによる機械的なビートで
    人間の心と体を掴んで持って行くような音楽が主体かなーと思う
    リズム先行系だよね
    それらは人間の身体をイメージしなくても成り立つな

    人間のオーケストラを感じられる演奏とかもあるかな
    これは想像上の人間を感じられるな
    だから架空の物だけど身体性がある

    人間の身体をイメージしなくても成り立つ音楽の新ジャンルが
    これから開発されるのかな

  • 「カッコ良いロック」って、音楽そのものというより、ある種の承認ゲームのルールみたいなものなのかもしれませんね

    カッコ良いロックとはなにか、って要するに
    聴いてると世の中が褒めてくれると感じる音楽
    何か知らんけど、良いものなんだろうなと子供が夢想できる音楽が
    カッコ良いロックなんだと思うなー
    友達に自慢できる音楽、これだよなーと思う

    だから意味が分かる日本語よりわからない英語の方がいい
    意味が分からなければ、よりよいものだと信じられるから
    ロック談議が盛り上がるのは
    俺はこんなの聴いてるぜ、良いだろう、という発表会だからだな

    つまり他人の評価ありきの音楽なんですね
    社交のカードとして使える
    世の中に対して、自分はこうだという理由としてひとりで聞く
    それはでも、他人の評価ありきの音楽、という事でもあるな

    自分は、女の子向けアニメの主題歌だとか
    全然社交のカードとして使えないけど、いいなーと思う曲を聞くし
    ギターでも練習してるので
    カッコ良いロック、という文脈ではあんまり音楽を消費していないなー
    と思う

    いや、自分の聞いてるものはジャンル的にロックじゃないし
    そーゆー事言いだすと、素晴らしいものはすべてロックだ!
    とかいう訳の分からない事に行くよ

    素晴らしいものはつまりロックだという意味もさ
    社交のカードとして有効であるものは、すべてロックとして使える、
    という意味にとれるし
    ロックの意味はやっぱりそこかなーとは思うね

  • お笑い芸人の倫理観と天才性の関係

    今回は具体的な有名人の名前を出しまくってます
    いままで避けてきましたが、これは書かないと伝わらないので
    特例として試しに書いてみます

    最近オードリー春日に注目してて
    春日って、世間一般の倫理で生きていないと思うな
    天才って同じものを見てても違うものが見えているっていうけど
    春日にはそれを感じる

    オードリー若林とか南海キャンディーズ山里とかは、そこは世間と一緒なんだと感じる
    だからさいわゆる秀才なんだと思う、お笑いを作ることに関しては天才の創造性はあるが
    倫理観は凡人と一緒だと感じる

    東野幸治も異質な人だよね
    だからこそ自分の素を出して行ってそんなに売れない事を早めに理解して
    それなりにの対応をして生き残っていると思う

    とっても売れてる人って、ビートたけしもダウンタウン松本もそうだけど
    凡人の倫理観と天才の感性と両方持ってる
    だからこそ松本は性行為関係でスキャンダルにもなったけど
    両方持ってるからそ異端にならずに売れるんだと思う
    明石家さんま、もそうだよね
    異端にならずに凡人の価値観をがっちり掴む、それが大きく売れる人の特徴だな

    若林とか山里はバカになり切れないというか
    凡人のアホな欲望を肯定しないというか、多少引いてる所があるよね
    だから売れきれないんだと思う
    千鳥とかかまいたちは凡人のギラギラした欲望全開だもんね、そこの違いだな

    自分は春日とか東野が好きだし
    自分も世間の倫理観で生きていないタイプだと思う
    だからこそ自分の作るものは大きく受ける事はない
    だけど、自分は大好きだし
    自分が作らなきゃ誰にも作れないと思う

    まぁただ若林が凡人の欲望を全肯定したならば
    もう春日とは一緒にやれないと思うなー
    春日には、凡人の欲望がそもそもよくわからない訳だからね
    今のオードリーが素敵なんだと思うなー

    異物である人間の側から考えると、
    生きていく上で、
    自分はまったくそんな事は思わないが、普通がどう考えるか?
    を常にある程度考える必要が、日常を暮らす上でもあって
    異物である人間に、自分より上の視点でものを考える訓練を強いている

    いわゆるメタ認知は生活するのに必要なんだな
    普通の人と比べて、余計な頭脳労働は常に必要だが
    その分頭は良くなる傾向にあると思うね
    それがしあわせか?はまた別の話なんだけどさ

  • 「国民戦争」から「個人の闘争」へ

    ネットの記事を見て考えた
    今の日本人を徴兵しても国のために命をかけようと戦う人間は少ない
    あんまり役に立たないと思う
    今の中国では、中国始まって以来の国民意識の高まりが起こっていて
    フランスのナポレオン戦争
    日本の明治維新後、などと同じで
    国のために命をかけて戦う意識は強いと思う

    中国の今の兵隊は強いけど
    今の日本人は徴兵しても強さは期待できない
    何かその気になる要素が必要だな

    自分が言いたかったのは徴兵の話でも戦争の話でもなく
    今の中国の国民は史上初めて、俺たちは国民だ!という意識になり
    国として高揚した気分にいる、という事
    アメリカのトランプなんてのは、分断を作りながらも、
    その国民意識を全体としてもう一度作ろうとしているようにも見える
    日本は何もしていない
    そーゆー風に見えるという事

    国民意識の形成、俺たちは国民だ!という意識があって初めて
    国民戦争、国を挙げた総力戦での潰しあいが可能になる
    今の日本人ではそれは出来ないように感じるな

    フランス革命からこの国民戦争の時代は始まったが
    日本人は国民戦争でない違う闘争、
    国民がひとりひとり世界に対峙して能力を試す
    そんな世界の入り口に立っている、様に見える
    しかし国民戦争が起こればそれは消えてしまう気がする
    けれども、
    豊かな世界というのは個人が世界と向き合う強さが試される世界だ
    そう思う

    国民という発明はそもそもは自由を求めて得たものだったが
    その最初から史上最大の暴力装置として、戦争に使われた
    その戦争でのナポレオン軍の圧倒的な強さを見て
    他のヨーロッパ各国は国民の導入を決めたわけで
    史上最大の暴力装置として機能しなければ、そもそも世界に普及しなかった
    それはまさに発明だったと言える
    その発明を超えるものはこの現代で成しえるかという話だろ、これは

    逆に言えば国民の発明以前は、戦争なんてのは
    ただ利害関係のある者同士だけが争っているだけだった
    誰もかれも関係なく参加する戦争というものは
    元を正せば国民が発明されたからあるにすぎない

    このことは、そもそも発想さえしていない
    気づいていない人が多い事なんだろーなーとは思っている

    世界はそんなに残酷ではない
    われわれが発明しただけだ

  • 才能は固定資産ではなく、環境整備が必要な流動的なもの

    才能を固定資産みたいな安定な物質であるかのような言説を読んで
    違和感を感じた

    実際そういう部分もあるけど
    何かを作るってもっと流動的だと思う
    同じ人がやっても、変わっちゃうことの方が多いし

    今日の人間は昨日の人間とは違うんで
    想像することは違う
    想像することで作り出されるものは変わってしまう
    そんな、この人の才能、とかで切り分けられる話でもあるまいと思う
    才能への妄信みたいなものを感じる

    才能ってもっとあやふやなものだ
    本当に作りたいと思っていないと、作り出せない、みたいな
    気分次第な所が多分にある

    実際に作る人が一番腐心するのは
    自分を創作が楽しくて作りたい状態になんとなく持って行く事で
    その環境の整備にこそ努力が有効だ

    才能がどう発揮されるかはわからないが
    その環境整備には努力が有効だし、だれでも出来る事だ
    それをサボらずやるって大変なんだよ
    才能ってタダで降ってこないんだよ、という事を思う

    固定資産ではなく、
    動かすには常に環境を整え続けるというコストが必要で
    それって、普通は努力っていうよ、って思うって事
    動くにはエネルギーがいる、固定資産ではないと感じるという事
    それを思うな

  • エレキギター音の科学的な探求、科学の実験君

    エレキギターの音について
    自分の初心者時代の最初期の、安物のトランジスタアンプから始まって
    トランジスタの安物ギターアンプを沢山の種類買ってギターを弾き続け
    ついにはキーボード用のアンプをギターで使うという所までいき
    エレキギターの出力をそのまま増幅させたらキレイな音になるかを追求した時期が自分にはまず最初にありました

    その結果、エレキギターはフロントの低出力ハムバッカーでクリーントーンを弾くという
    現在のスタイルの大本がここで決まりました
    単純な増幅だけでも、その構成なら結構いい感じに聞こえる、という結論があったのです

    そこれから真空管ギターアンプの音に興味を持って
    エフェクターで音を加工して、真空管ギターアンプのいい音に近づける方向に行きました
    で、ある程度、真空管ギターアンプの音に近づけて今の状況があるのですが
    思う事は

    シングルコイルのエレキギターでフロントのクリーントーンをいい音に聞かせるのは
    だいぶ音に加工が入っている、という事です
    もともとが原音の純粋な増幅を目指して機材をそろえた事がある人ですから
    その加工の大きさを感じるわけです
    だからこそエレキギターはギター本体だけでは音は決まらないという事ですね

    ただ、フロントの低出力ハムバッカーでクリーントーンを弾く、という事は
    音の加工具合が少なくても、いい感じに聞こえる事が今でも多いし
    強力に音を加工する機材も持っていないし、それに拒絶感があるので
    フロントの低出力ハムバッカーに自分はこだわっているとはいえると思いますね

    まぁ全体的に、科学の実験君みたいな感じで、機材を買い進めて
    ひとつひとつ推論して行った感じがありますね
    なんていうか、やっぱり自分はエンジニアなんだなーと思いますね

    逆に言えば、1950年代に
    当時の当たり前の技術である真空管と出力トランスで
    エレキギターをいい音で鳴らすギターアンプを発明したレオフェンダーの仕事が偉大だった
    という事だ

    しかし
    現代では、コストが高い、価格が高い、大きな音量でないと使えない、イヤホンで使えない
    などの根本的な問題があって
    音の良さはそのままで、これらの問題を解決したいという事で
    まぁ業界は動いているんだと思う

    大きい音を出せる環境と、高い真空管ギターアンプを買う金がないと
    自分の好き勝手にギターを練習する事さえできないという、
    現代の普通の住宅事情の実際から、かけ離れていると言う問題は
    まだまだ解決していない

  • 賛否両論の作品がもたらす快楽

    賛否が分かれる評判を読むと楽しい、
    評価が分かれる作品ほど自分が好きなものであることは多いな、と思う
    それはその作品の一番大事な味が
    誰にでもわかる万能の味ではないからだ
    そこを味わってこそ楽しいと言う気はするね

    だから誰かがダメだと叩いている作品にこそ興味がわくし
    本当にダメなこともよくあるけど
    だからこそそれを見分けるのは
    自分にとって自分にしか出来ない事で楽しい

    みんな大多数が熱狂するものには逆に興味がわかない
    だってそこにはわかりやすい快楽があるだけだもんね
    わかりやすい快楽は構造が見えてしまうと
    味わう気にもなれないものが多いよ

    誰かが叩くものを、味わってみることで
    自分の知らない味が味わえることがある
    それは楽しいね

    しかし自分の考察を自分で読んでいると
    いかに自分が普通の物語に飽きているか、ってのを感じるね
    子供の頃に小説をいっぱい読んだ
    小さい頃のジュナイブル物のシャーロックホームズから始まって
    星新一、小松左京、平井和正、ハインライン、アシモフ、クラーク、ディック、神林長平、
    大原まりこ、新井素子、司馬遼太郎、井上靖、スティーブンキング、レイモンドカヴァーと
    SFを中心に大学生まで、それ以降と、たくさんの物語をを読んだけど、
    まぁまぁ言うて飽きちゃったんだよなー自分は
    それが自分の場合、大前提としてある気がする
    だから普通の受けてるものを見て、こんな感じかーと思ってしまうようになってる気がする