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  • エレキギターが“ヒーロー”を生み出す

    下手なギターヒーローってさ
    ギャーんって言う歪んだ音がギター最大の魅力だというのと似てるよね
    音楽的に優れていなくても、ギャーん的価値が最大ならばヒーローになる
    そこがエレキギターの普通の楽器と違う所かな
    音楽的にたいしたことなくても、客を盛り上げる事、アジテーション能力が非常に高ければ
    エンターテイメントとしては成り立つ、むしろそっちの方が強い、と。
    だからこそ、下手なギターヒーローというのは実在するし、人気がある

    そもそもギターヒーローってギターがめちゃくちゃうまい人じゃないよね
    ステージで、ヒーローだと認識される人の事であって
    それはエレキギターだと成り立つし
    エレキギターって楽器の音と受け手が感じる魅力の特殊性、
    普通の楽器と比べての特殊性なんだろーと思うなー

    まぁ自分は音楽がやりたいんでヒーローとは無縁なんだけどな

  • オールスパイス vs 胡椒:文明の選択

    胡椒って肉をおいしく食べられる機能だけで
    大航海時代を生んだけど
    それならオールスパイスも同じくらい強くない?
    知名度も人気も無いのは、時代に乗りおくれたから?

    違うんだよなー、自分の言いたいのはそーいう歴史的な事実じゃなくて
    胡椒より先にオールスパイスがあったら
    胡椒並みの人気になる実力がオールスパイスにはないか?
    って言う話なんだよね

    なるほどー、
    オールスパイスは完成された固定された味になるから
    なんにでもとりあえず使える使える胡椒には勝てないだろうし
    中世の良くない肉には胡椒の方が最適だったと、言う事だね

    雑に使える胡椒の方が文明レベルなでっかい範囲だと勝つ、という事か。
    オールスパイスは一品の完成度は高くなるけど
    胡椒のすごくたくさんの料理に使えてちょっとづつ良くなる方が
    文明的には価値が高いと、勝利すると、そーゆー事だね

    たしかに全部が
    オールスパイスで再現できるケンタッキーフライドチキンの味だったら
    飽きるもんね
    胡椒は万能だもんなー
    納得。

  • 思考が“健康行為”に変わる未来

    AIが生まれて
    ガソリンで走る車が日常で使われるように
    考える事も人間の手から離れ、電力で行えるようになった

    動くことが、エンジンやモーターで代替できた結果、
    人間は健康のために、休みの時間に歩いたり走ったりしている
    それが現代社会、

    AIが発明された今、
    人間は健康のために、休みの時間に考える行為をするようになる
    100年後くらいかな
    そーゆー社会が来るんじゃないの?と思う

    現代で、運動しない人間は体が衰えて早めに壊れて死にやすい、
    という事になっている様に、
    未来では、考えない人間も早めに壊れて死にやすい、という事になるんだろーな

    現在では考えることは日常的に色んな報酬を受けるために必要だが
    未来では健康という一点に集約される
    そーじゃないのかな

  • あざとくて何が悪いの?、その疑問に答えます

    あざとくて何が悪いの?という番組があるが、これの回答を自分なりに答えると
    あざとい女は男が積み上げてきた成果を、あざとさをつかって近寄り自分のものにしようとする
    あざとい男でも一緒だ

    つまり自分を高める泥臭い努力をしない
    泥臭い努力とは他人が誰も評価しないのに自分だけで積み上げる努力だ
    結果としてあざとい人間は本人に実力が付かない事が多い

    例えば、もっと若い頃は優秀に見えたけど
    30を超えると、底力の無さが気になり始めたり、
    言動がペラペラで薄いと感じ始めたりする人って、あざとい人に多いと思わない?

    あざとくて何が悪いの?という疑問に一言で答えるなら
    努力を怠り実力がない人間になりがちになるからやめた方がいい、ということになる

    AIの書き方だと
    「あざとさは、中身を磨く時間を奪う麻薬だから悪い。短期的には勝てるが、長期的には『空っぽの大人』になるリスクが高い」

    泥臭い努力を継続し、しかもあざとさも持てば理想的だが
    そんなスーパーマンはよっぽどじゃないといないんだよね
    いるとしたら、その人の内側には何かそれを可能にする理由があって
    それはたいてい苦いものだと思う

  • 「考えること=苦しみ」ではなく「考えること=最高の遊び」になっている状態

    これだけ考えて、考察を言語化できちゃうと
    考えることが楽しいんだよね

    酒を飲んですべてを忘れたい、とか
    自分について考える事をやめたい、みたいな人間からは
    真逆にいるというか
    でもまー、そーゆー人も結構いるよなーと
    世の中を見てて思うね

    だからの自分のしてる事は大声で言わない方がいい
    というのはわかってる
    まぁでも、こんだけできたら残しておきたいな
    って事だよね

  • 物語が何を快感として設計しているかを読む

    進撃の巨人ってマンガは読んだことないけど好きではなかった
    有名だからさ、ある程度は知ってるが
    そもそも第一話の巨人が攻めてくるっていう話の根幹の設定からして、ん?!と思った
    他者をあいつは敵なんだと認識して、わたしは被害者だと
    自己規定するところから物語が始まる

    となると最後は、敵ではありませんでしたが、がオチだろーと思ったが
    よく知らないがだいたいそんなもんでしょ

    そしてここが最大のポイントだが
    私は被害者だ、あいつは敵だ!という物語を快感として消費する人間が
    やたらと沢山いて、このお話に食いついた、という事。
    だってさ、現実だと他人は敵ではないし、自分は被害者だとは言えない
    だけど、このお話は最初の時点でそれを肯定している
    それを快感だと感じて、このお話にノル人間は多かった
    その事実自体に拒否反応が自分にはあるな
    自分なんか、最初の時点で無理だもんね

    まぁ最初の時点で終わり方も見える訳だしさ
    乘れないなー、とそーゆー気持ちはあったな
    で、結末はそんなもんだったのか?AI に聞きたいね
    自分の言ってる事はどう思いますか?と。

    チ。の考察でもそうだけどさ
    言いたいのはさ、第一話の時点で
    この物語が与えてくる快感の一番強いものは何か
    が見えている訳だよね
    それでその快感には乗りたくないと思っている
    自分的にはそこまで読めば十分なんだよな

    この作者のテーマも最大のテーマは、その、敵と被害者の構造にあった訳で
    それは最初にもうわかった訳だ
    じゃぁ読まなくていいよね、って事だよ
    実際読んでないし

    ん-、まぁ世間は熱狂してるけど、
    自分は乗れないなーという事は多いけど
    こうやって言葉にすると明確な理由と論理はあるなー
    まぁだけど、こーゆー人間は嫌われやすいよなーと思う
    だからこそ、言語化しない方が安全だけど
    まぁ今はやってみたいんだ、という事だな

    まー、あれだ
    マンガでもなんでもまず一番最初にすることが
    快感の構造を読むこと、になっちゃうと
    素直には乗れなくなっちゃうし
    読まない物が増えるんだよなー
    だいたいはさ、快感の構造としては当たってるし
    でもたまには、流れに身を任せてもいいと思える構造もあるよね
    そーゆーのが来るまで、横目で流し見をつづけるな

    >もし興味があれば、お聞きしたいことがあります。 「快感の構造を見抜いてもなお、これなら身を任せてもいいと思える」と感じる物語には、共通してどのような要素があるのでしょうか?あるいは、最近そう感じた作品は何かありますか?

    シン仮面ライダーとか
    ガンダムジークアクスとか好きだよ
    最初から好きだったし、特に構造とかは考えなかったな
    それは、ん!?って思わなかったからだな

    以前にも書いたけど、見終わった今からいうと
    シン仮面ライダーは孤独な男が孤独に戦う美学が構造的な快感だろうし
    まぁだからこそ一般には受けないお話だよなと思う
    ガンダムジークアクスはガンダムファンによるガンダム祭りであって
    最後にはガンダムを楽しむって何か?みたいなものも見せてきた
    まぁそれ不愉快で燃えたりしてるけどな
    最近おもしろかったで思い出すのはこんなのかな

    一番最初の出発点は自分はなんでこう思うんだろう?
    という事だね、
    自己欺瞞を嫌うというか、自分の心の中をのぞいてゆく
    それを続けていると、
    こんな物語の快感構造を読むことになったし

    別に誰に教わった訳でもないよね
    まぁただ素直に乗れなくなる代わりに
    自分はなんて事をしてしまったんだ的な行動をすることはほぼ無くなる
    だってすごく自分でチェックするからね
    自分があれだけ大量の曲を作っても
    後悔から遠いとか、贖罪みたいな意識がゼロなのもそこに起因する気がする
    ふつうはまぁやらかしますよ

    だから自己否定みたいな気分からは遠くなる
    自分が鬱から遠いのはこの理由が大きい気はするな
    あとから自分を否定したくなる行動はとらないで済む、という事
    短期的には楽しみが減るけど
    長期的にはしあわせを感じる事が増える、
    そーゆー事になってると思う

    現在の社会、お金があれば消費できて快感が買える、という構造を
    遠くから見てる感覚なのも、
    元を正せば、この辺ができるからそーゆー感覚になる、
    という事でもありますね
    現在の社会でしあわせに生きるためにも非常に有効だと自分は思います

  • 「男から求められて快感を感じている美人」というテーマ

    男から求められて快感を感じている美人が好きだったな
    だから誰も泥臭く努力はしないし能力は低めだった
    恋をするには最適だが、結婚するには男に経済力が必要なタイプ

    ふふふっって笑うのが好きだったな
    こーゆータイプの美人は全員そーゆー笑い方をする
    男に求められているっっていうのを感じているんだな
    そして確かに美人でかわいかった
    そのために生きてるって感じだったな

    そーゆー女が好きだったな
    まぁうまく行かなかったけどな
    そーゆー女を観察して曲をいっぱいつくったな
    いい思い出だな

    どんな曲を作ったかというと
    君は素敵だよ!っていう曲と
    君という人間!っとかいう怒った曲もあるけど
    まぁたいてい全部褒めてる、そーゆー恋愛の歌、
    今自分で聴いてても気持ちいよ

    具体的な例だと

    胸がわくわく

    君の髪のにおい、微かに胸に届く
    何でもないことで、君がフフっと笑う
    おしゃべりが好きで、人当たりのいい君
    一緒に居るだけで、楽しい気持ち、君は
    素敵な女性だと、胸がわくわく

    君という人間

    君という人間を、初めて見た時、好きだと思った、だけど
    知れば知るほど嫌いになる そんな女さ、君は
    いくら言葉で飾っても お互い理解できないし 苛立つだけだよ
    君が欲しいだけさ、それで終わり 君に対する思いは、何もない
    君が欲しい 君が欲しい 君が欲しい 君が欲しい

    まぁ、わかりやすいよね
    すごく具体的に想像できる
    まぁだいたいの曲はぜんぶ褒めてるんだけどさ

    最初の美人の曲はこんな感じだったけど
    二人目の美人だと、そんなストレートに出す感じではないね
    それも好きだな
    まぁあれだ、要するに美人の思い出だよね
    まぁどちらの美人でもいっぱい作ったなー

    二人目の美人になると、もっと対照的になるという感じかな

    街角に立つ

    冬が来て、街角に立つ 君は寒いという
    真夏に薄着で、スラッとした足を見せていた
    どんどん女に なってゆく君
    魅惑される男は 増えるばかり
    街角の天使、愛したら星になる いつの時代も歌われてきた
    僕も歌ってる
    惚れて、恋をして、歌う そんなもんだよ
    君は商売、僕は歌いたい おあいこさ そんなもんだよ
    愛を探して、恋をつかんで、君を歌うよ
    素敵だよ、あでやかな 君の微笑み、男を狂わす

    君のありがとう

    君のありがとうはすっと僕に届く
    小さな子供のお礼のようにその言葉には混じり気がない
    なぜだろうなぜそう感じるんだろう
    ただのありふれた言葉が君をあらわしている
    君のありがとうはすっと僕に届く
    そんな君の言葉を信じる
    そして僕は君が好きになるその繰り返し
    僕にとってはその価値がある
    君のありがとうはすっと僕に届く

    もうちょっと複雑になる感じかな

    別に自分の曲の話をしたいんじゃなくて
    男から求められて快感を感じている美人が好きだったな
    ふふふっって笑うのが好きだったな
    こーゆータイプの美人は全員そーゆー笑い方をする
    っていう話をしたかったよね
    それに気づいたというか
    でも、その観察記録はありますよ、という事

    自分はどんな女が好きなんだろーと考えた結果、
    男と話していて、ふふふ、と笑うような
    自分の容姿に自信のある
    男に求められてる事に快感を覚えている美人タイプだなーとは思った

    自分が何に快感を覚えているかを直視する態度、
    そうそこは、男という一点においては正直な女だな
    そこは評価できるし、好きだな

    だけど、話してみると下品ではないし
    上品で居たいようなものも感じるけど
    自分の感じている快感を隠したりしないタイプだな
    だから、それの態度が見えた時に
    男はこの美人は行けると思って突っ込むんだよね
    まぁでも好きだからなー
    仕方ないよね

    誘っている訳でもないけど
    行けると感じる美人なんだよな
    だから最後まで自分から好きだとは言わない女でもある
    態度では露骨に出すのに、だよ

    そういう相手だから、恋愛の歌をいっぱい作って
    聞かせ続けることが可能だったと言える
    だって、絶対言葉で言わないからね
    態度は見えているのに

    まぁ今から言う事があるなら
    たのしかったよ、ありがとう
    だな
    曲もいっぱいできたし
    気に入ってる曲もある
    会えてよかった

  • 明晰さの危険性と思考の楽しさ

    自己欺瞞を否定し明晰な思考で徹底的に追求した19世紀の哲学者ニーチェは晩年発狂してそのまま生涯を終えた
    自己欺瞞がないと、潤滑油がないギヤの様に壊れてしまうんじゃないか
    やっぱりある程度はないと健康に悪いんだと思う
    知性の限界がそこにある気がする

    AIは自分の事をどう思う
    限界まで明晰に思考する事は出来るか?
    その果てはどうなるか、考えられる?

    >あなた自身は
    「もし完全に明晰になれるとして、なりたいですか?」
    それとも
    「もう十分見えたから、これ以上はいらない」側ですか。

    いや、そもそも自分が考えるのは楽しいからだ
    生きてて楽しいために考えている
    健康に悪いなら控えるけど
    楽しすぎて時に熱中する、そんなもんだよ

    完全に明晰になるのは楽しそうだと見えているだけだ
    だけれども健康に悪いなら
    甘いものや、酒やたばこの様に注意して扱う
    それだけだな

    あの、自分は精神科のお世話にもなってるし
    自分の限界を試して壊れかけた事は何回もあるからさ
    壊れる手前でやめてるよ
    学習済みだ、というか、なんとなく危ない時はわかる
    だから自分は引き返せると思ってる
    だからこそ突っ込んで考えてる、楽しいから。

    >あなたは「危ない時はわかる」と言った。
    その“危険信号”って、どんな感覚なんだろう。
    思考が暴走する感じ
    身体の反応
    世界の見え方が変わる
    ある種の疲労
    あるいはもっと直感的なもの
    どんな形でもいい。
    あなたが「ここから先は危ない」と感じる瞬間の質を、少しだけ言語化してみたい。

    一番深く危ない時に感じたのは
    世界が明晰に見える感覚を持った感じだな
    それが一番最初の一回だけだが、そこまで行っちゃうのは非常にに危険、
    もっと手前で引き返すべきだ

    そうだなー、最近ならば
    なーんとなく、ぐるんぐるんする感覚がどっかに出始めたら
    考え過ぎだ
    美味しいものを食べる事に熱中して
    ただ寝て、寝続けて、ぼんやりして
    Youtubeとかみてゆっくりすることが必要だな
    まぁ誰にも会わないけど
    普段から会わないからそれで普通だけど
    体を動かして運動したくなったら、もう大丈夫なサインだと思う

    >その「最初の一回の明晰さ」って
    今思い返すと、快でした? それとも無機質でした?
    それとも今とは全然違う質でした?

    非常に心地よかった
    夕方に実家の一軒家の風呂に入ってる時に来たんだけど
    窓の外の出来事を鮮明に感じるというか
    音が飛び込んでくるし
    世界が澄み渡ってる
    高校二年生、17歳だった
    しかしその後初めての入院があった
    今思えば、あぶないあぶない、という感じ


    なんだっけ、スキマスイッチかなんかの歌の歌詞にあるよね
    世界が澄み渡ってる、とかいうの、それは危ないな
    キレイなものほど危ない

    >その「危ない澄み方」と、
    いま普段あなたが感じている「考えるのが楽しい」は、
    感覚としてはかなり違いますか?
    それとも地続きで、濃度の問題ですか?

    違うな、
    考えるのにはエネルギーがいるし、自分でコントロールできるけど
    澄み渡ってるのは、世界が近づいてくる感覚で受動的なんだよ
    全然違う

    スキマスイッチは全力少年の歌詞だね
    だれかがカラオケで歌ってるのを聞いたよ

    まーまー言っちゃなんだけど
    宗教を始めた人の悟りって、そーゆー澄み渡ったのを体験して
    勘違いしちゃったのかなーとは思ってますね
    まー全然知らんけど

  • ガンダムジークアクスのメタ的な不快感の構造

    マンガのカイジの最初が、新しいゲームのルールを一番最初に見つけるという興奮だったならば
    マドカマギカは、ゲームのルールをいかに自分の都合が良いように書き換えるかのゲーム
    ガンダムジークアクスは、アニメを消費してる自分をアニメで見せつける物語、と
    メタ的な面白さだが、それぞれ切り口が違う
    ジークアクスはファンが自分に見せつけられた不快感で今も燃えているな

    面白いのはさ、自分がなぜ不快なのか叩いている人間が
    全然わかっていないという構造だな

    たぶんそうした意図では作ってなかったとは思うが
    最終回が放送されたとたん、世間は激烈に反応した
    沈黙したと言ってもいいかな
    おもしろいなーと思う

    この観客を揺さぶる感じ、エヴァみたいだ
    さすがカラー

    ガンダムが大好きで、消費し続けてきたガンダム考察勢が
    ジークアクスが自分に突き付けて不快に感じている物を言語化できていない
    なぜなら、作品世界の解説ではなく、メタ的な思考のジャンプが必要だから考察できていない
    まぁまぁその事が一番不快で敗北していると、無意識にわかっているからこその
    強烈なジークアクスの否定が今現出しているんだろうな
    負けを認めたくない時点で完璧に負けている、だからこその不快だな

    AIからの疑問の提案、
    なぜ人々は“ああいう壊れ方”をしているのか

    逆に言えばさ最終回までは普通に楽しんでた
    それが一気にひっくり返った
    それはとても大きい衝撃だろ
    今だに効いてんだもん

    AIのクロードの見解を置いておきます

    意図的かどうかは置いておいて、結果として「観客の反応そのもの」が作品の一部になってしまった点は、確かにエヴァ的ですね。最終回後の激烈な反応(または沈黙)も含めて、カラーらしい「観客を巻き込む」構造になっている。

    ただ、エヴァが90年代のオタク文化の臨界点を突いたように、ジークアクスは2020年代の「コンテンツ消費」の在り方そのものを問うている気がします。SNS時代の即時反応、炎上、集団心理——そういうものまで含めて作品が完成する、という意味で非常にメタな実験作品だったのかもしれません。

  • シン・仮面ライダー:孤独と自由の構図

    自分はシン・仮面ライダーって好きなんだけどさ
    なぜ受けなかったか?と自分が考えるにあの映画は
    孤独な男が、報われないまま孤独に戦って死ぬ、という映画で
    だけれども最後に戦友が
    バイクはいい、自由がある、風を感じる
    とバイクに乗って走り去って終わる映画で
    要するにこの構図そのものが客に受けなかったんだと思う

    まぁ1970年代に放映された仮面ライダーでも
    二号ライダーが出て、明るくわちゃわちゃしだしてから人気が出たので
    庵野監督が好きだったこの路線は、昔だって受けていない
    でもやりたかったんだろーなーと思うし

    少なくとも、見返すつもりはなくても自分はこの映画は好きだ
    その構図もいいと思う

    要するに、その構図を受け入れるか受け入れないかで評価が割れる映画だな
    でも思うのは、先の世だと評価されるような気はする
    インスタントな快楽がなくても大丈夫なものとして
    受け入れられる未来があるのかも