「国民戦争」から「個人の闘争」へ

ネットの記事を見て考えた
今の日本人を徴兵しても国のために命をかけようと戦う人間は少ない
あんまり役に立たないと思う
今の中国では、中国始まって以来の国民意識の高まりが起こっていて
フランスのナポレオン戦争
日本の明治維新後、などと同じで
国のために命をかけて戦う意識は強いと思う

中国の今の兵隊は強いけど
今の日本人は徴兵しても強さは期待できない
何かその気になる要素が必要だな

自分が言いたかったのは徴兵の話でも戦争の話でもなく
今の中国の国民は史上初めて、俺たちは国民だ!という意識になり
国として高揚した気分にいる、という事
アメリカのトランプなんてのは、分断を作りながらも、
その国民意識を全体としてもう一度作ろうとしているようにも見える
日本は何もしていない
そーゆー風に見えるという事

国民意識の形成、俺たちは国民だ!という意識があって初めて
国民戦争、国を挙げた総力戦での潰しあいが可能になる
今の日本人ではそれは出来ないように感じるな

フランス革命からこの国民戦争の時代は始まったが
日本人は国民戦争でない違う闘争、
国民がひとりひとり世界に対峙して能力を試す
そんな世界の入り口に立っている、様に見える
しかし国民戦争が起こればそれは消えてしまう気がする
けれども、
豊かな世界というのは個人が世界と向き合う強さが試される世界だ
そう思う

国民という発明はそもそもは自由を求めて得たものだったが
その最初から史上最大の暴力装置として、戦争に使われた
その戦争でのナポレオン軍の圧倒的な強さを見て
他のヨーロッパ各国は国民の導入を決めたわけで
史上最大の暴力装置として機能しなければ、そもそも世界に普及しなかった
それはまさに発明だったと言える
その発明を超えるものはこの現代で成しえるかという話だろ、これは

逆に言えば国民の発明以前は、戦争なんてのは
ただ利害関係のある者同士だけが争っているだけだった
誰もかれも関係なく参加する戦争というものは
元を正せば国民が発明されたからあるにすぎない

このことは、そもそも発想さえしていない
気づいていない人が多い事なんだろーなーとは思っている

世界はそんなに残酷ではない
われわれが発明しただけだ