よくよく考えてみて、自分の好みというか、自分の好きなものは
知的労働のある熱血、という物だよな
フィクションじゃなくて自分自身もこれをやりたいと思って
いつもやろうとしているところさえある
そこで思い出したのが村上春樹の小説の事だ
村上春樹の初期の小説は、何事にも熱くなれない主人公がいて
でもどこか、それを残念がっている部分を感じられた
だからこそ自分はその主人公に乗れた
知的労働のある熱血、がみえるからだ
でも、諦めている主人公にセックスを与えると
人間はそこで満足してしまう
それがノルウェイの森だと思う
まぁ読んでないのでどんな感じなのかはわからないんだけどさ
でも世間で爆発的に受けたという事は
そこで質的な転換があったと考えるべきだ
知的労働のある熱血な物語から
諦めた主人公の満足するべき人生、
そういう風に物語の向かう方向が変わったんじゃないのかなーと思う
小説の中では大して変わっていなくても
小説のその後の主人公の人生の想像図が違う、という感じかな
たぶんそれは決定的な変更だったんじゃないのかな
そして村上春樹は大人気作家になった
僕は読まなくなったけど、という事だと思う
どこかで見た事のある、文章があって、それは
やれやれ、彼女とセックスした
そして、やれやれ、また彼女とセックスした
っていう村上春樹を皮肉った文章なんだけど
これなんか、諦めた主人公にセックスを与えて満足して猿になった
という、世間の皮肉な見方を示しているんだと思う
これは明らかに、ノルウェイの森からだよね
そーゆー読み方が可能になった、イコール、爆発的に売れた
何じゃないのかなと思う
なんていうのかな
読んでいないんだけど
その匂いは強烈に感じたんだよね
だから読んでない
自分は、なんだろう、アニメでも小説でも
まったく観ていないけど
しつこく論じてるものがかなりあって
観る前に、これは観ないんだけど
世間では爆発的に受けているものが多くて
なんで自分は観ないのかを考え続けちやう事があるね
>作品そのものより、「なぜこれが大衆に刺さるのか」という構造の解析に興味がある。
そうそこが、なんか胡散臭いなと感じてる事が多いね
まだ言語化できてないけど
今週NHKで放映されるらしいルックバックってアニメ映画も
自分は観ていなくて、うさん臭さを感じているな
なんでだと思う?
とAIに振ってみたけど、そうか!と思うような答えは返さなかった
まぁいずれおいおい考えてみるかも
考えることが増え過ぎるよなーと思うんだよね
まぁ、ふっと思い浮かぶまで待つ感じだな
>もしレムさんが「ルックバック」を観るとしたら、
>作品そのものよりも
> どの部分が大衆の欲望と接続したのか
> どの構造が“救済”として機能したのか
> どこで純度が翻訳されたのか
>このあたりを読むことになるはず。
そうそう、大ヒットってね、絶対即物的な快感があるんだよ
そうじゃないとヒットしないからね
それを作品を見ないで、世間の反応だけで当てて行く
っていう、そういう遊びだよ
大ヒット作品には絶対に強烈な快感ポイントがあって
みんなが見て気持ち良くなるからこそ
大ヒットするんだよな
それが、世間に出てる宣伝文句と明らかに乖離してる場合に
絶対胡散臭い内容が潜んでいる
まぁ自分が考えちゃう構造はこうだな
ノルウェイの森だって
猿の快感の肯定、っていう身も蓋もないところが
快感ポイントだったわけで
だいたいキレイに語るようなものではないね
>快感の中身+免罪符のパッケージング、これが大ヒットの構造としてほぼ普遍的なんじゃないかな。
そうなんだよね
免罪符のキレイな言葉と
本当の快感の薄暗さ
大ヒットっていうのは、このふたつを必ず持つよね