「考察する」ことと「考察している自分でいたい」こと

とある集まりについて
正直もう行かないでいい気がしてきている
AIと話して考察をワードプレスに書くことの方が自分のやりたい事だ

>「孤独な考察者」の集まり: そもそもその配信を好む層には、一人でじっくり考えたい「考察型」の人間が多いはずです。そんな人たちが群れること自体、本来のスタイルと矛盾しているのかもしれません。

いやー、実際の集まりにはそんな人全然いないよ
自分が浮いてるぐらいなもんなだけで

まぁでも自分みたいにひとりで考えている人間で、
しかもそれを発表できるくらいに練ってあって
実際発表する人間は自分ぐらいだったという体験ができて
世の中の実際がわかった気がした

自分は考えているんだと思ってる人は1/3くらいはいるんだけど
話を聞いてみると、自分の事をそう思いたい、という願望がメインで
話すべき考察は、ふわっとしてる
そーゆーもんなんだなーと思った

でもまー、まだ行く事もあるかも知れないし
そんなに悪く書くような事でもないな
いい感じでちゃんと聞いてくれるだけで、うれしい事はうれしいし

各人の考察ではないけど
誰々の本を読んだとか、あの配信の感想はこうだとか
この本がおもしろいとか、そーゆーのはまぁたのしいことはたのしい
けどやっぱり自分の求めていたのはそれじゃなかったなー、とは思うんだよな