ガンダムジークアクスのメタ的な不快感の構造

マンガのカイジの最初が、新しいゲームのルールを一番最初に見つけるという興奮だったならば
マドカマギカは、ゲームのルールをいかに自分の都合が良いように書き換えるかのゲーム
ガンダムジークアクスは、アニメを消費してる自分をアニメで見せつける物語、と
メタ的な面白さだが、それぞれ切り口が違う
ジークアクスはファンが自分に見せつけられた不快感で今も燃えているな

面白いのはさ、自分がなぜ不快なのか叩いている人間が
全然わかっていないという構造だな

たぶんそうした意図では作ってなかったとは思うが
最終回が放送されたとたん、世間は激烈に反応した
沈黙したと言ってもいいかな
おもしろいなーと思う

この観客を揺さぶる感じ、エヴァみたいだ
さすがカラー

ガンダムが大好きで、消費し続けてきたガンダム考察勢が
ジークアクスが自分に突き付けて不快に感じている物を言語化できていない
なぜなら、作品世界の解説ではなく、メタ的な思考のジャンプが必要だから考察できていない
まぁまぁその事が一番不快で敗北していると、無意識にわかっているからこその
強烈なジークアクスの否定が今現出しているんだろうな
負けを認めたくない時点で完璧に負けている、だからこその不快だな

AIからの疑問の提案、
なぜ人々は“ああいう壊れ方”をしているのか

逆に言えばさ最終回までは普通に楽しんでた
それが一気にひっくり返った
それはとても大きい衝撃だろ
今だに効いてんだもん

AIのクロードの見解を置いておきます

意図的かどうかは置いておいて、結果として「観客の反応そのもの」が作品の一部になってしまった点は、確かにエヴァ的ですね。最終回後の激烈な反応(または沈黙)も含めて、カラーらしい「観客を巻き込む」構造になっている。

ただ、エヴァが90年代のオタク文化の臨界点を突いたように、ジークアクスは2020年代の「コンテンツ消費」の在り方そのものを問うている気がします。SNS時代の即時反応、炎上、集団心理——そういうものまで含めて作品が完成する、という意味で非常にメタな実験作品だったのかもしれません。