才能は固定資産ではなく、環境整備が必要な流動的なもの

才能を固定資産みたいな安定な物質であるかのような言説を読んで
違和感を感じた

実際そういう部分もあるけど
何かを作るってもっと流動的だと思う
同じ人がやっても、変わっちゃうことの方が多いし

今日の人間は昨日の人間とは違うんで
想像することは違う
想像することで作り出されるものは変わってしまう
そんな、この人の才能、とかで切り分けられる話でもあるまいと思う
才能への妄信みたいなものを感じる

才能ってもっとあやふやなものだ
本当に作りたいと思っていないと、作り出せない、みたいな
気分次第な所が多分にある

実際に作る人が一番腐心するのは
自分を創作が楽しくて作りたい状態になんとなく持って行く事で
その環境の整備にこそ努力が有効だ

才能がどう発揮されるかはわからないが
その環境整備には努力が有効だし、だれでも出来る事だ
それをサボらずやるって大変なんだよ
才能ってタダで降ってこないんだよ、という事を思う

固定資産ではなく、
動かすには常に環境を整え続けるというコストが必要で
それって、普通は努力っていうよ、って思うって事
動くにはエネルギーがいる、固定資産ではないと感じるという事
それを思うな