映画に人生をどれだけ賭けているか?

映画における評論家と一般の評価の違いに興味があって、なぜ違うのか考えてみた

映画の一般の客にとって映画は、ただ面白ければいい、楽しければいい
それさえあれば高評価、ただそれだけだ

しかし評論家は違う、映画を観ることが人生なんだ
誰でも自分の人生をいいものと思いたい、その気持ちが映画の内容に向く
自分の人生の価値を映画の価値に投影する

だから、おもしろくなくても、コレは俺の人生の一部として発言すれば価値がある
という作品が高評価になる、という構造になる
ただ観てるだけの映画に、自分の人生の価値を預けているから起きる転倒だと感じる

映画における評論家と一般の評価の違いの理由ってこうじゃないのかな
映画評論の配信なんかを見て微妙な違和感をずっと感じていたのだが
それを言語化するとこうなる

自分はそんな感じ方はしないです、
なんでそうなんだろう、という事だよね

まぁハッキリ書いちゃうと、自己投影型の評論は気持ち悪いと感じるので
なぜなんだろう、という考察からこの文章はできている
もちろんそう思わない評論もあるから、この文章ですべてを説明できるわけではない

そうだな、見た方がいいです、って言い方する映画は
だいたい、
見た方が自分の事を素晴らしく思える、で
映画自体はそんなに面白くないかも、という感じなんだろーなという感じ