人生は、楽しもうと思うから楽しめる、それはスキルのようなもの

人生ってのは楽しく生きたい!と思ってる人が
自律的に楽しいものを探して、楽しんでいれば楽しい人生になる
と思うのだが
が、自ら求めなければ、楽しさは向こうから降ってくるようなものでもない

つらいことを避ける、苦しい事から逃げる、事が人生の第一優先順位の人は
楽しい事を見つけようとせず、したがって不幸がない状態でもそんなに楽しくなく
考えるのは、やってくるかもしれない不幸の事ばかり
そーゆー人生の人ってわりと多いっていうか、半分くらいはそーかも

まぁ、自分から楽しさを探しに行く能動的な人って半分もいないよなと感じるから、
逆が、すべて二番目のタイプだとするとずいぶん多いね

希死概念、とかよくわからないが
苦しみについてばかり考えてるとそーなるんじゃないのかな、とは思ってます

自分が思うのは
楽しみっていうのは、向こうからやってくる物ではない
たのしもう!って思うから物事を楽しめる、そーゆーもんだと思うし
その、生きてる楽しみ!を感じてない人は多いんだろーなーとは思う

自分の楽しみ、ギター、散歩、料理、とあるけどさ
受動的でいて楽しいものはひとつもないよ

散歩なんて、外を何キロも歩いてるだけだしさ
その気のない人には苦痛なだけだけだよ

ギターだってさ、
そんなにうまければ楽しいでしょうね、と自分に言った人がいたが
そりゃ初心者ではないけど、いつもここが出来ないあれが出来ない、ってのがあって
それを練習を繰り返して、なんとなくできるようになっていくだけの毎日なんで
それはね、楽しむ気がない人にはたのしめないよ

料理は、まぁわかると思うんで特にかかないけどさ
まぁ言うて向こうから降ってくる楽しみなんて僕は持ってないけど
楽しく暮らしてるよ、という事

自分はどちらかというと
やってくるかもしれない不幸の話ばかりする
そーゆーのが普通だと思っていたが
大学生ぐらいで明らかに違うようになることに意識的になり
そこから脱した人間なので
別に生まれつきでもない
他人を見て、これはだめ、あれがいい、という判断をしただけだ

生まれつきだけの人は、このことを、こーゆー感じで
理論立ててしゃべる事は出来ない

その大学生の時の覚えている出来事ってさ
飲み会を企画することになって、
でもその飲み会の前に、事前に店がダメだった時の言い訳を自分がしてさ
そーゆー事は言わない方がいいんじゃないの?
って言われた、事だな
それだけなんだけど、今まではそれが当たり前だと思っていたから
かなり自分のとって重大なことで
そこから意識的に変えたな

まぁ余計オマケだったかな

>あなたが大学で OS を切り替えた後、
>「楽しみを自分で生成する」という感覚が
>最初に“手応え”として現れたのは、どの行動だった?

それは別に中学ぐらいからやっていて大学の時に熱心だった
自転車に乗って遠出するという行動だね
大学では部長もしたし
だから、「楽しみを自分で生成する」、事自体は
自分は小さい頃からやってた