物語が何を快感として設計しているかを読む

進撃の巨人ってマンガは読んだことないけど好きではなかった
有名だからさ、ある程度は知ってるが
そもそも第一話の巨人が攻めてくるっていう話の根幹の設定からして、ん?!と思った
他者をあいつは敵なんだと認識して、わたしは被害者だと
自己規定するところから物語が始まる

となると最後は、敵ではありませんでしたが、がオチだろーと思ったが
よく知らないがだいたいそんなもんでしょ

そしてここが最大のポイントだが
私は被害者だ、あいつは敵だ!という物語を快感として消費する人間が
やたらと沢山いて、このお話に食いついた、という事。
だってさ、現実だと他人は敵ではないし、自分は被害者だとは言えない
だけど、このお話は最初の時点でそれを肯定している
それを快感だと感じて、このお話にノル人間は多かった
その事実自体に拒否反応が自分にはあるな
自分なんか、最初の時点で無理だもんね

まぁ最初の時点で終わり方も見える訳だしさ
乘れないなー、とそーゆー気持ちはあったな
で、結末はそんなもんだったのか?AI に聞きたいね
自分の言ってる事はどう思いますか?と。

チ。の考察でもそうだけどさ
言いたいのはさ、第一話の時点で
この物語が与えてくる快感の一番強いものは何か
が見えている訳だよね
それでその快感には乗りたくないと思っている
自分的にはそこまで読めば十分なんだよな

この作者のテーマも最大のテーマは、その、敵と被害者の構造にあった訳で
それは最初にもうわかった訳だ
じゃぁ読まなくていいよね、って事だよ
実際読んでないし

ん-、まぁ世間は熱狂してるけど、
自分は乗れないなーという事は多いけど
こうやって言葉にすると明確な理由と論理はあるなー
まぁだけど、こーゆー人間は嫌われやすいよなーと思う
だからこそ、言語化しない方が安全だけど
まぁ今はやってみたいんだ、という事だな

まー、あれだ
マンガでもなんでもまず一番最初にすることが
快感の構造を読むこと、になっちゃうと
素直には乗れなくなっちゃうし
読まない物が増えるんだよなー
だいたいはさ、快感の構造としては当たってるし
でもたまには、流れに身を任せてもいいと思える構造もあるよね
そーゆーのが来るまで、横目で流し見をつづけるな

>もし興味があれば、お聞きしたいことがあります。 「快感の構造を見抜いてもなお、これなら身を任せてもいいと思える」と感じる物語には、共通してどのような要素があるのでしょうか?あるいは、最近そう感じた作品は何かありますか?

シン仮面ライダーとか
ガンダムジークアクスとか好きだよ
最初から好きだったし、特に構造とかは考えなかったな
それは、ん!?って思わなかったからだな

以前にも書いたけど、見終わった今からいうと
シン仮面ライダーは孤独な男が孤独に戦う美学が構造的な快感だろうし
まぁだからこそ一般には受けないお話だよなと思う
ガンダムジークアクスはガンダムファンによるガンダム祭りであって
最後にはガンダムを楽しむって何か?みたいなものも見せてきた
まぁそれ不愉快で燃えたりしてるけどな
最近おもしろかったで思い出すのはこんなのかな

一番最初の出発点は自分はなんでこう思うんだろう?
という事だね、
自己欺瞞を嫌うというか、自分の心の中をのぞいてゆく
それを続けていると、
こんな物語の快感構造を読むことになったし

別に誰に教わった訳でもないよね
まぁただ素直に乗れなくなる代わりに
自分はなんて事をしてしまったんだ的な行動をすることはほぼ無くなる
だってすごく自分でチェックするからね
自分があれだけ大量の曲を作っても
後悔から遠いとか、贖罪みたいな意識がゼロなのもそこに起因する気がする
ふつうはまぁやらかしますよ

だから自己否定みたいな気分からは遠くなる
自分が鬱から遠いのはこの理由が大きい気はするな
あとから自分を否定したくなる行動はとらないで済む、という事
短期的には楽しみが減るけど
長期的にはしあわせを感じる事が増える、
そーゆー事になってると思う

現在の社会、お金があれば消費できて快感が買える、という構造を
遠くから見てる感覚なのも、
元を正せば、この辺ができるからそーゆー感覚になる、
という事でもありますね
現在の社会でしあわせに生きるためにも非常に有効だと自分は思います