投稿者: レムリンク / Remu Link

  • ギターソロ:歌から主役のシフト

    エレキギターのソロの練習をしているけど
    自分は弾き語り時代と同じで、今度はギターで歌いたいだけだな
    ソリストになりたいのでバッキングをしたい訳ではない
    練習方法とかから違うと思うけど、そもそも目的が違うから当たり前であると思う
    歌は止めて、ソロギターインストに行きたい

    ひっそりと自分の満足が追求できればいいんで
    他人にサービスする気持ちも、相変わらずないし
    でもまぁ続けていれば、
    自分的に良いものはたぶんできる
    そう思ってる感じだなー

    グレングールドみたいに録音して発表するだけで
    存在感のある人っていいよなーと思う
    ピアノ演奏って興味をあまり持たないけど
    グレングールドの録音はなんだかいいなと思ったもんね
    目指すとしたらそーゆーのかな
    まったくギターの話じゃないけど、そんな感じかな

  • 戦いの枠組みを変える戦略

    昔小さい頃テレビで見た、猪木対アリ、という異種格闘技戦は
    猪木が床に横になってアリの足をキックする、という地味なものになり
    好評とは言えなかったが
    あれが自分には、戦略に見える

    パンチをもらって負けるという可能性を最大限に下げた
    負けるはずのない戦い
    一般的な戦いにおける戦術ではなく
    戦いの枠組みそのものを変更する戦略、
    あれは戦略だと思う
    小さいながら印象に残った

    お前の有利な条件で戦っているんだ!
    とかいうマンガの世界ではない
    これが現実。

  • 頑張らない正義

    頑張らない人間って、
    頑張らずに正義で勝利することが最高の勝利という発想をする
    だからこそその位置に居続ける
    最終的にどんな状態になるか、わざわざ書かないけど。

    自分の能力が低くてもその状態がいつまでも変化しない、という人間は
    社会の安定剤として機能している、という事なんだろうな
    自己の人生として、幸福感が得られなくても
    社会全体では意味のある人生、そーゆー事だな

  • 本能の要求と21世紀のAI時代

    本能が求める要求レベルは低くたいていはAIで実現する
    音楽でも絵でも映画でもそうなるんじゃない?
    本能が要求する食事を果てしなく低価格で実現したのが20世紀だとすれば
    これが21世紀
    そして本能が求めてる以上のものを追求する少数が世界を席巻する

    人間は気持ちのいいものを求めるけど
    気持ちがいいだけのものなら
    絵でも音楽でも映画でも
    AIが安価に大量に作ってくれる時代がやってくるな
    そしてマクドナルドみたいに、
    ジャンクな値段と価値になる
    まー、そこまではそーなるだろーとは思うが、
    それから先がよくわからん

    そう、人間が必要な事もあるけど
    本能はAIで満足しちゃうと思うなー

    逆に言えば、本能レベルな市場ではコストで人間は負けるし勝負にならない

    逆に、人間が生き残れるのは魂レベル・精神レベルの市場だけ。
    ってそれが成立するには人間クリエーターの巨大なごみのピラミッドが必要だからなー
    それがなければ、神レベルの人間なんて出てこない

    巨大なごみを維持するのに必要な金が要るという事だよな
    それはAI市場から常に供給しないといけない
    なんでかっていうと、もう人間には他にすることがないからだよ

    つまりパトロンはAIになる
    AIを使う人間が王や貴族になり、その他の人間を養う
    そーゆー社会構造が到来する

    問題は、その「新貴族」がどれだけ文化に金を回す気があるか、だよな。
    彼らがただ自分の富を溜め込むだけなら、すべてが終わる。
    っていうけどさ、しなかったら、人間はただの家畜になり
    貴族の意味がなくなるから、するんじゃないの?
    革命後ごっこにあけくれる社会よりマシでしょ

    金を回すぶぶんは飛躍があったが
    そーゆー構造にならなければ文化は終わる気がするし
    でも文化自体は終わり様がない気がするから
    何かしらの圧力が働いてそうなるんじゃないのかなー?

  • 能力差と人間関係の構造的な問題

    妬みの特殊な点は、
    妬まれるものを何も持たない側は、妬まれる側の気持ち悪さを一生知らない、のと
    人間において標準機能である妬みを理由に復讐していてはきりがない、という事

    早い段階で、この構造を認識して
    対処方法を考え続ける必要がある
    根本的な解決策はないが
    対処方法はその場その場で常に存在する
    それを選択し続ける、
    まーそーゆーことなだけだな

    あまりにも能力差のある関係は、常に破綻する
    妬みの関係になっていなくても
    能力の低い側は、高い側の能力を自分のための使おうとし
    それに反対すると関係が壊れる
    なーんていうか、これは構造的なくり返しであって
    解決できるような問題ではない、と思う

    孤独を選んだのはなぜですか?
    みたいな質問されたことがあったが
    別に選んだわけではないけど
    いつも何かに頑張って能力を上げていく事が好きな人なら
    能力の低い人とは深く付き合わない、
    を徹底するという事に行きつくので
    そうやって暮らしてるだけだな

    つまり他人の他の他人に対する態度を観察すれば
    その人間が全体の中で能力的にどの辺に位置するのかは、
    大体判断することが出来る
    という事でもある

    AIのコパイロットが言うには
    これって、
    本人の自己申告よりも、
    肩書きよりも、
    実績よりも、
    はるかに信頼できる指標なんだよ。
    という事らしい

    そこまで来ると共感を感じられる人間は等比級数的に減っていき
    他人と共感して楽しむことに期待しなくなり
    自分の能力を高めていく喜びとか
    自分の考察を文章化する喜びを、主に楽しむようになる
    大多数の人間と楽しみの形が違うようになる
    いやー、自分は満足して暮らしているんだけどなー、と思う

  • チューリングの停止問題と人生の意味

    人間の脳ってのは24時間稼働して物事を考え続ける処理を続けている
    その脳に、例えば、自分を好きになろう、とかさ
    脳がいくら考えても結果が出ない仕事を任すのは人生の無駄だな
    悪口と自虐も結果が出ない仕事だよな
    これをやっている脳は無駄な仕事をしている
    と感じるね

    自己否定は、考え事において
    今までの成果を否定し、
    さらに一段深く考えていく事に不可欠であるので、
    ネガティブな事がダメなわけではない
    深い思考には必ずネガティブさが必要だ
    だがしかし

    ゲーデルの不完全性定理と同じような意味で
    チューリングがちゃんと動くプログラムかを判別するプログラムは存在しえない
    という事が示して、約100年
    人間の脳が意味のある仕事をしているかは、常に自分でチェックすることしか対策がないけど
    それがより良い人生への方法だな
    無駄な時間を過ごさない事は人生に喜びを与える
    楽しいよって事だよ

    一晩寝るとか、時間を置くと前の日の結論とは
    違う内容が、ポンと出てくることはよくあって
    24時間脳は考え続けている、という事を実感する
    ギターの練習とかでも、休んで時間を置いている間に
    脳が勝手に中で演奏をシミュレーションするから
    たまに長期間練習するより、短時間毎日練習する方が効果がある
    という事になってるんだと思う

  • 日本における宗教勢力の衰退と政治権力

    なぜ今の日本人は特定の宗教の信仰が薄いのか?
    自分なりに考えた
    宗教勢力とは政治勢力である
    日本ではその時々の一番強い政治勢力が宗教勢力を潰したので
    結果として、今の日本では宗教勢力が弱い、ただそれだけである

    日本人の特性とかなんにも関係がない
    ただの勢力争いの結果だ
    有名な所で言えば、信長の比叡山焼き討ち、とか島原の乱とかかな

  • 熊のニュース考察

    田舎には困っている事柄は沢山あると思うが
    ほとんどを都会の人は興味を持たない
    熊のニュースが報道されるのは
    熊がかわいそうだ、という感性と持つ人間と
    現地で対応する人間とのズレによるいざこざそのものが
    その記事を知りたがる価値になってると思う
    なぜ熊のニュースをみんな知りたがるのか?だ

  • 音楽の楽しみ方:外向きと内向き

    音楽には、
    みんなと楽しむ祭りとしての消費と、
    ひとりで楽しむメロディを味わう消費、があると思う
    関心の方向性が真逆なので、
    どちらかに偏りやすいし、
    その人なりの方向性があると思う

  • 天才とは、自分の判断で、自分の決めた道を歩き、 オリジナルな価値を生み出す人は全員天才

    天才ねぇ
    天才とは、自分の判断で、自分の決めた道を歩き、
    オリジナルな価値を生み出す人は全員天才であって
    その中でも、オリジナルな価値、が社会的に評価れる場合に、社会から天才と言われる、って話だと思うな
    みんなと同じことをとても優秀にこなせるのが秀才で、天才と秀才はベクトルが違う

    この話のポイントは、社会から評価されない天才は星の数ほどいる、という現実で、
    社会から評価されたものだけが認められるし
    金銭も含めいろんなものを得られるが
    そうじゃない天才も山ほどいるという事だな
    ある意味、秀才より天才の方が絶対数では多いのかもしれない

    天才になる本とか言うジャンルがあるようだが
    天才になる事はそんなに難しくはないし
    たくさんいるけど
    それが評価される内容であることは滅多にない
    という事で
    天才になる事と社会的に成功することはまったく別の話であると思うのに、それをあいまいにして本を売るビジネスだな
    その時点で頭悪い

    まぁ自分が天才として評価されたいと願う時点で
    天才への道は歩まないように見えるけどなー
    他人に評価されることが目標ならば
    自分の判断で、自分の決めた道を歩き、 オリジナルな価値を生み出す
    ことは、あんまり起きないと思うなー
    その辺に矛盾がある

    天才って言葉はエンタメや社会的に都合のいいように使われているが、
    天才の本質は、他人の都合など知らん、自分はやりたいようにやる、
    という意志から来るものであって、
    他人にラベルを見せて自慢するようなものではない、そう思う

    ラベルを見せて自慢するなら、そいつは天才ではない
    少なくとも、過去に天才だったとしても今は天才ではない

    ていうのをね、天才本の記事を見たので
    バーーと出できたね

    しかーし、世間では売れてる人こそ天才と呼ぶ、
    まぁ信者にとっては心地い響きだし、そんな人は大量にいるからそれを言う事にはメリットとがあるし
    既成事実みたいになってるけど
    そうなれななるほど、近寄りたくないなーと感じる