今の生成AIによる絵の生成を見ていて
これは技量のない人間が、自分の欲しい絵をAIで作り、自分で消費して
更に金銭を得るために使っている、様に見える
これは音楽で成り立つのだろうか?と考えた
これは技量のない人間が、自分の欲しい音楽をAIで作り、自分で消費する、
この時点で、なんか疑問を感じた
何かが違うぞ、と思った
音楽って音を出してる時が一番気持ちいいんだよね
それをAIに丸投げにしてしまうと、
音を出す気持ち良さをまったく感じられなくて、楽しくないんじゃないのかな?
そーゆー事だね
まとめると
AIで音楽をつくる時、音楽をつくる喜びは発生するか?
絵:
作る喜びのかなりの部分が
「完成物を見て満足すること」 に寄っている
→ AI作者=消費者 が成立しやすい
音楽:
作る喜びの中心が
「今、音を出している身体の快感」 にある
→ AI作者=消費者 が成立しにくい
理由は一つ:
音楽の快楽は「今、音を出している身体」に宿るから
だから
技能がない人が
AIに丸投げして
音源を受け取っても
「作った喜び」はほぼ発生しない。
AI音楽で、作者=消費者が成立するのなら
それは今の身体が感じる喜びとは別の種類のものだな
誰でも音楽ファイルは作れる。でも誰もがミュージシャンになれるわけではない。
逆に言えば、音楽を聴く快感というのは、
音源を聞いてミュージシャンの音を出す身体性の快感を想像して追体験すること
が大きな割合を占めている、と言う事もできるな
人間って、それをごく自然に普通にやりますからね
身体性のない音楽という物も今も現実にあるけど
それらは打ち込みによる機械的なビートで
人間の心と体を掴んで持って行くような音楽が主体かなーと思う
リズム先行系だよね
それらは人間の身体をイメージしなくても成り立つな
人間のオーケストラを感じられる演奏とかもあるかな
これは想像上の人間を感じられるな
だから架空の物だけど身体性がある
人間の身体をイメージしなくても成り立つ音楽の新ジャンルが
これから開発されるのかな