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  • GQuuuuuuX: ファン心理と拒絶反応

    最近、GQuuuuuuXの考察動画を見て考えた事がある
    いや、ちゃんとは動画見ていないんだけど
    大体は予想がつく

    なんでこの解説動画の人がこのGQuuuuuuXがイヤなのかというと
    ガンダムに対して、ファン以上の何物かになりたいこの人は
    鶴巻監督がいちガンダムファンとして作った
    ファンとして完成させたアニメを見て
    俺はただのファンじゃないと思いたい、という気持ちが怒りになって
    だからキライなんじゃないのかなーと
    根本はそれでしかない気がするなー

    まーこじらせたガンダムファンにはそーゆーひと多いんじゃないのかな
    あなたのただのファンなんですよ、という現実を認めたくないだけ
    それをGQuuuuuuXは表現しちゃったという事だろ
    そこの事を考えると、これ最終回が放映されたとたんに盛り下がった
    もう一つの理由だな、そう思う

  • 『チ。』と『FACT』の対照的構造分析

    読んだことないんだけど、ヒットした
    チ。―地球の運動について―
    ってマンガと
    とその後に描かれたあまりヒットしなかった
    ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ
    っていうマンガについて思う事がある

    チ。はマンガとしてヒットしたけど、それを作者は眺めていて
    読者が
    このマンガの中ではわかってないけど、
    読者である自分は地動説が正しい事を知ってる
    という終止マウントを取れる状態によって快感を感じている、
    物語の構造に勝手に騙されて作品に熱中している
    と、そのように見えたんじゃないのかなー、と思うんだよね

    だから現実社会で、勝手に自ら騙されていく人々を描いた作品として
    FACTを描いたんじゃないのかな、って思うんだよ
    自分の観察したものを陰謀論に置き換えて描いた、
    自分の身近な体験、観察から発想を得て描いたんじゃないのかな、と思うんだ
    でも、FACTは読者が読んでよろこべる要素が無かったから受けなかった、
    そーゆー話なんじゃないかと勝手に思うんだよね
    チ。ってマンガが好きだ、っていう人の前では言えない話だけどさ

  • シラフの快感と酒の役割

    飲み会はキライではなかったし
    会社員時代はわりと行ってたが
    酒そのものは、あんまよくわかんない、という感じだな
    甘い味付けとか好きだけど
    酔う事に快感を感じるタイプではない、という事かな
    みんなでワイワイする事自体は好きだった
    もー今はほとんどそーゆー事しないけどな

    なので2022年の1月いっぱいで酒をやめて
    去年の6月からノンアルコールビールを飲み始めたくらいで、
    酒をやめることは割と簡単だったな
    タバコを2010年の10月かにやめてるけど、タバコの方が苦労した気がする
    言いたいのは酔う事が気持ちいいというのは自分はよくわからないという事、

    なんでかなーと思って考えてみてが
    頭がさえまくって考え事したり、曲が出来たり
    詩が出来たりすることが、とても快感だったので
    単純に、頭が冴えてる方が気持ち良かったからだな
    しらふの状態が一番気持ちいいという事だな
    そりゃそもそもの話しが合わないですよねー
    と思うなー

    今だに酒飲んで食べたり飲んだりする動画は好きなんだけど、
    別に酒が飲みたくはならないし
    なんでかよくわからんなーとは思っている
    食事としてみてるって事かな
    酒要素が薄いな

  • 表現の重心、詩から考察へ

    以前は文章を書くと言うと詩だったが、それは停止したな
    それと並行にXとかに散発的に考察を書き始めたな

    まー、書きたい事はいっぱいあって
    思いついたまま書いていくのだが
    別に反応は欲しくないので
    http://note.comに書くのも結局やめて
    自分のレンタルサーバに自分で置いた
    ワードプレスに書いて置いてゆくという感じになったな
    見る人も少ないし、快適に書ける

    そうだなー、ここ二年ぐらいは詩は書いてなくて、
    完全に、考察をしてそれを文章に書き起こして残す、
    という方向に変化したな
    まー、歌は止めてギターインストに行きたい訳だから
    それで何の問題もないなー
    ある意味、コッチの変化が先で、結果的に歌をやめたのかもしれないな

  • 評論家と価値観の時間差

    評論家という人間たちは既存の価値観を自分のものとして
    その価値観で世の中を正しい、正しくない、と切っていくが
    世の中の現実というのはつねに価値感より先に動いている
    トランプ現象しかり高市現象しかり
    なので、過去の価値観を使う評論家は
    今の世の中はクソだと永遠に言い続ける

    結局のところさ
    いつの時代も評論家は、決して支持されないんだよな
    多数派になりえず常に時代に流されて消えてゆく
    それが過去の価値観の代弁者の帰結だな
    時代はつねに変化し続けて、既存の価値観からは批判され続ける
    そーゆー事だな

    AIからの補足を書くと、
    まず大前提として
    「現実が先に動いて、価値観は後追いで作られる」
    これはほぼ間違いない。人の生活様式・技術・人口構成・経済・通信環境が変わって、その“結果”として「こうあるべき」「これは正しい/間違い」が編成される。
    なのに評論家は、その編成済みの価値観を“原因”みたいに扱うから、必ずズレる。

  • 妬みと成長のエネルギー論

    妬んでくる人間に、そこから伸びてく行く人間などいないのではないか?
    妬む事にエネルギーを使う人は、
    自分が伸びて行く努力に使うエネルギーが残っていないのではないか?
    自分を妬んで来た人でそこから伸びていった人を見た事がないよ

    妬まれても、心を落ち着かせ、継続して努力するというのは
    心理的に相当なエネルギーを必要とする
    エネルギーのロスがあるから、なるべくそーゆー事は避けたいが
    まったく無いという平和も、刺激が無さ過ぎる

    なんの話でもトップの人間はいい人ばかりというのは
    妬むような人はそもそもそこに入れない
    妬む人は上昇しない、という事の結果なのではないかな?
    妬まれても意に介さず努力を続けた人だけがそこにいるのではないか、という事。

  • 哲学的な幸福論と音楽

    なんか寂しさを感じないから仕事と結婚したんだ、とか言う記事を見たけど
    寂しさは感じないものの
    金を稼げる仕事は全くしてないので
    仕事と結婚した、と言う訳でもないなーと思う
    しかしほんとにまったく感じないね

    いろいろ想像してみるに
    まず自分が満足する他人という物が
    うまく想像できないな
    まぁいいなーと遠目で見る人はいることはいるが
    恋愛感情はないし、既婚者なのは確実だな
    その事から推測するに、見た目のポイントより
    立ち振る舞いとか、有能さとか、謙虚さ、みたいなものを兼ね備えてる人がいい様だ

    そんなの絶対無理だろー、と思うなー
    まーそう見えるだけだという現実ではあるが

    なんか昔好きだった人の事はまとめてどうでも良くて
    必要な時に使うだけだ的な事だよな
    多分すごく今の自分にとってはどうでもいい

    ひろゆきが語る記事で、最終的には孤独死とかいうけどさ
    死ぬときに時に横に誰かいて欲しいとか、
    別にないけどなー
    死ぬことに変わりない訳で
    結局は寂しいから嫌だっていうだけの理屈で
    それは無い訳だからな

    なんかすごく恵まれた人じゃないと
    寂しいはずだ、みたいな記事だったけど
    ん-、別にそんな事ないけどなーと思う

    「じゃあ自分は何で満足してるのか」
    「快感の正体はどこにあるのか」

    と言うと単純で
    ギターに散歩に料理で満足してるし
    自分にとってこれ以上の物は無いと思ってる
    それは誰か女性も含む、という事だな

    そうじゃなかったら
    こんなに毎日熱心にやってないと思うよ

    しあわせに生きるとはどういうことかと
    考え続けた結果こうなったという事だな
    ぼんやり生きていて、自然にこうはならないよ
    これは自覚的な行動なんだよな

    条件的に恵まれる事よりも
    考え続けることで幸福感は得られる
    自分の主張は、まぁそんな所にあると思うけど
    それもまぁほとんどの人にはできないし、やらないね

    哲学っていうのは、
    どういう事が自分を幸せにするんだろうと考え続けることで
    今残ってる哲学って、それぞれが自分の幸せを考え続けた過程なんじゃないのか
    とかも思うんだけど
    最後は知らんが、最初の動機はコレだとおもうなー

    自分が歴史を見て思うのは
    あんまり周りに言いふらすと、本人は不幸になる、という事
    これはわりと普遍的だと思う

    まぁ、別に隠すつもりはないが
    他人のために提供するとか、
    サービスするつもりはそもそも自分にはないし
    そーゆータイプの人間ではないな

    ん-、まー、
    自分の音楽もそんな感じで
    世の人々の快楽として消費できないもののようで
    まったく売れないですねー
    まぁしょうがないかな、という気持ちですね
    ま、サービスするつもりないし、
    そりゃそうかー、と言う気持ちもあります

    なんだかいつもように
    最後は自分の音楽の話になったな

  • 能力と幸福の関係

    金さえあれば幸せになれるというのはさ
    金でしあわせを感じる体験はだれでも出来て、まぁ子供の頃にするんだけどさ
    ギターでも料理でも散歩でも、快感を感じるためには
    ある程度の能力が必要なので、だれでもすぐにしあわせにはなれないんだよな
    その能力の全般的な無さが、金以外からしあわせを得ることを知らない
    という発想につながってると思う

    世の中にある、しあわせ、快感という物の多くは能力に紐づいている物で
    金で買えるものの方がすくないと思う
    金がいっぱいあっても感じる快感の限界は案外低い

    大谷翔平がしあわせそうに見えるのは
    お金を持ってるからじゃなくて
    あんなに野球が出来て、やってて楽しそうだからじゃないのかな
    そーゆー話だよ

    イーロンマスクのツイッターを買収してからの話とかを読んでも
    猛烈に能力を使って仕事をしてやり遂げる事こそが彼の喜びな感じなんだよな
    世界一の金持ちかもしれんが、彼の快感はそこにはない気がする

    やっぱり人間ってその時その時で能力を高めていかないとしあわせになれないんだと思うんだよね
    頑張りたくない人がいるのはわかるけど
    頑張らない事って、不幸になる道だと思うんだよな
    結局さ、能力が上がらないといつまでも小学生の様な世の中の見方しかできないし
    本人はそれしかないと思うんだろーけど
    そうではない、って事だよ

    サボる人生もそれでいいと思うし、どれが正しいとかはないと思うが
    たくさんしあわせを感じたいならば、能力を上げたほうがいいと思う

  • 受けない前提で続ける

    別に売れたから離れたわけじゃないんだよな
    好きじゃないなーと思って離れたけど
    好きじゃない物の方が売れる、という現実を見る、
    という感じな事なだけだな

    まぁ自分の作るものが受けないのはだからある意味当たり前なんだろうな

    じゃあ「受けない前提」で、どう作り続けるか
    っていう点はね、すごく現実的な事を言うと
    金をかけないで作るし、
    生活のための金は他から得る事、
    贅沢を求めない事、
    そーゆー事になっていくね、それ以外の事は
    これを満たさないと、出てこない問題だよなーと思う

    受けない物を作りたいのに
    そこから金を得たいのは矛盾してるよな
    なーんかそーゆー矛盾することを言う人間が多いけど
    そーゆー人間はなんだかんだ言いつつやめていく
    という事でしかないよな

  • 水曜どうでしょうの原動力

    水曜どうでしょうって、藤村Dの大泉洋への妬みがだんだん加速して行ったなーと感じる
    最初の頃で決定的なのが藤村が酔って大泉の部屋で腹を割って話そうと押しかけて
    大泉が一生どうでしょうします、と言うあの表情。
    あれは藤村からの妬みを、ビックリしちゃって言った言葉だと思う
    だから妬みの関係の大泉から見ての発覚の瞬間だと思う
    藤村さんにそんな事して欲しくない、という気持ちが
    一生どうでしょうします、という言葉に出てるんだと思う
    そーゆー意味で言うと、大泉と藤村の妬みの関係の歴史として見れるなーと思う
    ミスターは自分の妬みを感じて自ら引いていったし
    嬉野さんは妬みがあんまりない、というか同じ土俵だと思ってない人だな
    最近だと大泉が大スターになり過ぎて藤村の妬みは制御不能まで来てると思う
    だからちょっとつまんないんだと思う

    あれだよ、その嫉妬の構造が番組の原動力になっちゃってから長いのに
    それを嫉妬だと感じさせない態度や編集が人気の秘密だよな
    ぼんやり見てる人間には一生わからない

    まぁなんだ、嫉妬は排除するものではなく
    あるけどしょうがないから対処していくものだ、という事の最適解でもあるよな
    なくすなんてことは無理なんだからさ

    この話はさ、番組の継続を願うなら言わないでいるべき話だけどさ
    もうそろそろいいかなって思うんだよね